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『それいけ、バイキンマン』

 子供の頃。アンパンマンより、バイキンマンが好きだった。当時は、幼心に自分は捻くれているのかなと不安になったり、逆に『違う』ことへの優越感を持ったりしていた。
 しかし、いま思うと、そういう人は意外に多いのではないだろうか。
 まず、メタ的な視点からすると、悪役というのは非常に重要である。
 作品の魅力は、悪役の魅力に負うところが少なくないばかりか、彼らによってほとんど全面的に決定づけられたり、時には一人歩きして有名になることさえある。
 斃すべき魔王あっての勇者であり、その逆はないのだ。悪役とは、それほど重要なものであり、従って、主人公よりも悪役にこそ魅かれることは自然なことのように思える。
 では、魅力的な悪役とは、どんな悪役か。
 一時期は、それなりの理由――多くは同情を禁じえない悲劇的な――を背負った悪役がやたら流行っていたように記憶している。
 だが、それに食傷を催してか、あるいは根源的な人の嗜好か(私は後者だと考えているが)、やはり『絶対悪』こそ真に魅力的な、真の悪役であると感じる人が多いようだ。
 絶対悪。
 字面からして、圧倒的なオーラに満ち満ち、有無を言わせずカッコイイ。一般的な辞書には載っていない言葉なので、念のため意味を解説しておくと、絶対に悪ということである。
 絶対に、悪なのだ。絶対に。そう。バイキンマンである。彼もまた、絶対に悪なのである。なにせ、「バイキンマン」だ。
 その名そのものがすでに、生れ落ちてより死に果つるまで、否、死せどもなお剥がれぬ永劫の罪状であり、彼が絶対悪として生を受け、絶対悪として生きることを宿命づけられた証である。
 少し冷静に、真剣に考えてみてほしい。
 こんなにひどい名前があるだろうか?
 幼児の無垢なる残酷さが掘り当てる、人間の醜悪な部分を結晶したかの如き言の葉の刃が、正に「バイキン」だ。
 バイキンという、肯定されようもない存在。正しく絶対悪。それが、バイキンマンだ。
 ところが。そんな絶対悪の中の絶対悪とも言えるバイキンマンには、絶対悪として造形された悪役なら、必ず同時に備えているはずのものが欠落しているのである。
『強さ』だ。
 絶対悪には、その無謬の悪を成すに足る、無尽の強さが与えられているのが常である。
 それなのに、バイキンマンは弱いのだ。
 負けるからではない。いかに強力な絶対悪も、物語の要請として普通、最後には負ける。
 毎回、負ける。負けまくるからではない。それは単にアンパンマンという作品の構造上の必然である。
 バイキンマンは、そんなメタ的視点に立つまでもなく、作中においてすでに、ただシンプルに『弱い』のだ。
 バイキンマンはいつもUFOに乗っている。対するアンパンマンは自身の肉体のみである。それで負けるのだ。
 科学、それも二〇一五年三月現在の現実の科学では実現不可能であろうあのUFOを可能とする超科学の助けを借りてなお、真正面からではただワンパンのもとになぜかいつも都合よく見事に自身の基地まで殴り返されるのである。
 もし、あの菓子パンにあるまじき強力無比の拳打を生身で受けたりしたら、それはもうグロテスクな殺人ならぬ殺菌の光景が、TVの前の今はまだもしかしたら良い子たちに、生涯忘れえぬトラウマとして刻まれることになりそうである。
 いや。そもそもバイキンマンは、生身ではカバ夫くんあたりにも負けるのではなかろうか? 名前は忘れたが、カバ夫くんの友達にはなぜか二足歩行に進化したライオンと思しきUMAもいたはずだ。そいつはもう、全然無理だろう。そんなに弱いバイキンマンだが、科学と策を弄して、いつも懸命に戦っている。
 何と?
 少なくとも、アンパンマンではないだろう。
 彼が戦っているもの。それはきっと、絶対悪として生まれた自身の存在と宿命、生み落されたこの世界ではないだろうか。
 だって、仕方ないではないか。
 この世に必要とされなかろうと、弱っちかろうと。そう生まれ、そうとしか生きられないのなら、その上で、せめて全力を尽くして何がいけないのだろう。いけなかろうとも、そうするしかないじゃないか。
 神に愛されず、世界に望まれず生まれて。
 薄板一枚割れぬ貧弱な拳しか握れなくても。
 そうあるがままに、全うして何が悪い?
 そんなバイキンマンは、そう、何かに。
 そう、誰かに似ている。
 だから、がんばれ。バイキンマン。
 負けるな。バイキンマン。

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